こんにちは。元ナンパ師のKYです。
僕の好きな言葉に、
「常識とは、18歳までに得た偏見のコレクションである」
というものがあります。
アインシュタインの言葉として広く知られている言葉ですが、この通り、常識って、ある種の偏見と同じなんですよ。
本当は絶対的なものではありません。
その社会、その地域、そのコミュニティの中で、「そういうものだ」と思われているだけだったりします。
世間では常識とされていることが、別の世界では非常識になることもある。ごく一部の人たちだけが信じている常識だってあります。
僕は常々、みんな常識に囚われていると思っていますし、僕自身も、ずっと常識に囚われてきました。
結局、常識とは何か。
大なり小なり、人の目なんですよ。
人にどう見られるか。
周りから何を言われるか。
そこを気にしてしまうから、僕たちは常識に縛られていきます。
●地元の常識は、僕にとってかなり窮屈だった
僕が地元にいた頃の話です。
地元って、やっぱり狭い世界なんですよね。
誰かと手を繋いで帰っただけで噂が広まる。部活を辞めた、学校を辞めた、少し悪いことをした。そんな小さなことでも、すぐに周囲へ広まります。
地元は、言い換えれば小さな国というか、村みたいなものなんですよ。
僕がいた部活にも、ザ・ガキ大将みたいな先輩がいました。
遊びに誘ってくれることもあったんですけど、不快なイジりや容姿イジりをしてきて、こちらが言い返すと、
「は?」
とキレる、一番めんどくさいパターンの人でした。笑
当時の僕には、ほかのクラスにも友達がいました。
失礼な言い方ですが、スクールカースト的に言えば、オタク系の地味な友達です。
その先輩は、平気で、
「KYの友達ってさ、陰キャな人多いよね」
みたいなことを言うんですよ。
普通は言わないじゃないですか。心の中で思ったとしても。
しかも、その先輩は自分語りと自慢話が多く、同級生や後輩が先輩をヨイショするような、不毛な関係がずっと続いていました。
おかげで、体育会系の作法だけはゴリゴリに身につきましたが。笑
●否定から入る環境では、人は挑戦できなくなる
その先輩とつるんでいた頃のことで、今でも覚えていることがあります。
僕の地元はスキー場が近い県だったので、ある時、スノーボードを始めようと思いました。
それで、
「俺、実はスノボやろうかなと思ってるんですよ」
と話したところ、その先輩は開口一番、
「は? 無理だよww」
と言ったんです。
「スノボなんて子どもの頃からやっていて、うまくなるんだから、お前が高校生から始めても無理に決まってるじゃん。やめとけよww」
みたいなことを言われました。
普通の人だったら、たとえ社交辞令でも、
「え、いいじゃん!」
くらいは言うと思うんですよ。
でも、その先輩をはじめ、地元にいた人たちは、だいたい否定から入る。
そして僕も、その言葉を鵜呑みにして、その時はスノーボードを始めませんでした。
その後、専門学校を卒業して上京し、社会人になってからスノーボードを始めてみたところ、めちゃくちゃ面白かったんですよ。
しかも、意外とできました。
スクールで習わなくても、S字カーブぐらいなら曲がれるようになった。
もちろん、プロレベルでうまいわけではありません。でも、十分楽しめるくらいにはできたんです。
つまり、あの時の「無理だよ」なんて、ただの先輩の偏見だったわけです。
●否定され続けると、自信まで削られていく
その先輩からは、
「KY、ガリガリだよね」
「鼻の穴デカくてブスだよね」
「アゴなげーよなw」
と、散々容姿をイジられました。
買った服も「ダサい」と言われ続け、当時は怖くて服を買えなくなりました。
何を着ても、何を言われるか分かったものではなかったからです。
世間的に考えれば、普通にイジメにつながるような行為ですよね。
でも、狭いコミュニティの中では、それが面白いこととして扱われていました。
新しい服を買っても、
「それダサいよね」
と言われる。
ただ、本当は服がダサいかどうかなんて関係ないんですよ。
「KYだからイジっていい」
「とりあえずダサいと言えば面白い」
そういう空気の中で言われていただけです。
僕自身、そうした環境の影響もあり、子どもの頃から心療内科に通っていました。
ただ、地元ではそういうことへの理解も少なかったし、周囲には言えませんでした。
言っても理解されない。言いふらされるかもしれない。
それが、当時の僕がいた世界の常識だったんです。
●東京に出て、常識は一つではないと知った
僕は専門学校を卒業後、学校に求人を出していた東京の会社に就職し、それを機に上京しました。
これは、間違いなく人生の転機でした。
東京に出て良かったと思うのは、ぶっちゃけ、
変な人がたくさんいることです。笑
いろいろな場所から、さまざまな常識や価値観を持った人が集まっているため、地元のように一つの常識が通用しません。
東京では、いろいろな正解が尊重されるというより、良い意味で放っておかれます。
何かを話しても、
「へえ、そうなんだ」
で終わる。
否定もされないし、過剰に肯定もされない。
良い意味で、みんな他人に無関心なんです。
だから、自分がおしゃれだと思う格好もできるし、オフ会や社会人サークルへ行って、いろいろな挑戦や失敗ができます。
僕も、部活の先輩たちとのコミュニティから距離を置き、ボルダリングを始めたり、髪を染めたり、服装を変えたりしました。
それでも、誰からも何も言われません。
むしろ、社交辞令かもしれませんが、
「おしゃれだね」
「その靴いいね」
と褒められることもありました。
地元では、
「それダサいね」
から始まっていた。
でも東京では、
「それいいね」
から始まることがある。
この差は、かなり大きかったですね。
●前職にも、その業界だけの常識があった
僕は専門学校を卒業後、専門職として働いていました。
学費に400万円ほどかけて資格を取り、その資格を使って就職しました。
ただ、当時いた業界は、かなり閉ざされたブラックな世界でした。
上下関係が厳しく、サービス残業も横行していて、飲み会では先輩や上司のつまらない説教を延々と聞かされる。
「一度この業界に入ったら、ずっと働き続ける」
「業界を離れる人間は裏切り者」
そんな空気がありました。
辞めると言おうものなら猛反対され、言いくるめられて止められます。
なぜ、彼らはそこまで辞める人を責めるのか。
一つは、自分が何十年もつらい思いをしてきたのだから、お前だけ楽な業界に逃げるな、という気持ち。
もう一つは、若い人が辞めることで、自分が今まで頑張ってきたことまで否定されたように感じるからでしょう。
自分と違う選択をする人間を否定しないと、自分自身を保てないんです。
思えば、地元や部活の先輩も同じでした。
おしゃれをしようとしたら潰す。
新しいことを始めようとしたら、無理だと否定する。
そこには、相手のためを思っているというより、自分と違う選択をする人間が気に食わないという感情があったのだと思います。
●常識を無視して環境を変えたことで、人生が変わった
僕らが信じている常識なんて、結局は狭い世界の常識でしかありません。
一部の人たちが言っているだけです。
だから僕は、地元を離れ、周囲が反対する中で単身東京へ出ました。
その後、ブラック企業で疲弊し、会社を辞めることにしました。
親や親戚からは、
「もったいないよ。せっかく資格を取ったのに」
と言われました。
会社の社長からも、
「お前なんて、ほかに行くところないよ」
とはっきり言われました。
でも今思えば、会社側も僕の将来を心配していたわけではありません。
人がどんどん辞めていて、これ以上辞められたら困るという、会社側の都合だったんです。
だから僕は、有休を取ったり、体調不良で休んだりしながら、エージェントとの面談や行政機関への相談を進めました。
会社の人には、誰にも相談しませんでした。
相談したら、絶対に茶々を入れられると思ったからです。
自分を応援してくれる人の力だけを借りて、粛々と転職活動を続けました。
ぶっちゃけ、転職したかった理由は、仕事のやりがいなんかではありません。
ただただ、
遊ぶための時間とお金が欲しかったからです。
後悔しない20代、30代を過ごしたかった。
そんな下心をゴリゴリに抱えながら、それをオブラートに包み、自分なりに妥協のない仕事選びをしました。
その結果、今は満足のいく、働きがいのある会社に拾っていただけました。
すると、反対していた親や親戚からも、
「良かったね」
と言われました。
正直、笑いましたね。笑
世間の人は、失敗しそうな時には止めるのに、うまくいったら簡単に手のひらを返します。
それは、時に血のつながった家族でさえ同じです。
だから、他人の言葉をすべて真に受ける必要はありません。
●自分の人生は、自分の考えで選ぶしかない
前職では、ゴリゴリ働いて年収1,000万円を目指すような、ベンチャー気質の生き方にも触れていました。
でも、その業界には余裕のない人が多かったんです。
40代、50代まで働き詰めで、お金を使う時間がない。
高い車を買っても、その車に乗る時間すらない。
それを見た時、正直、
「何が楽しいんだろう」
と思いました。
僕は、仕事のためにすべてを犠牲にするより、後悔しない20代、30代を送りたかった。
だから、最低限のお金と時間を確保できる仕事を選びました。
高い服や車、家、結婚にすべてを注ぐのではなく、節約してでも、自分が楽しいと思える時間を確保したかったんです。
キャリアとは、職歴や出世だけではありません。
人生の生き方そのものだと思っています。
自分は何をしたいのか。
どう生きていきたいのか。
そこから逆算して、仕事やお金の使い方、人との付き合い方を決める。
僕は今の会社で、リーダーやマネージャーにつながるような話をいただいたこともあります。
でも、時間が足りなくなると思ったので断りました。
仮にその選択が原因で、将来後悔したとしても、自分で選んだことなら納得できます。
他人に言われた通りに生きて後悔するより、ずっといいと思っています。
●自分でやりきれば、外野の声は無視できる
僕は前の妻と恋愛をして、同棲をして、結婚をして、いろいろ確かめ合った上で離婚しました。
それに反対していた人も、身近にはいます。
離婚したことで、
「ほらね」
と言う人もいました。
でも、僕はそういう声を無視できます。
自分の中で、やりきったと思えたからです。
他人の意見に従って、何も確かめずに諦めていたら、ずっと後悔していたと思います。
うまくいったか、失敗したかだけではありません。
自分が納得できるところまで行動したかどうかが大事なんです。
こういう話で思い出すのが、『えんとつ町のプペル』の原作者であるキングコングの西野亮廣さんです。
西野さんがクラウドファンディングに力を入れ始めた頃は、まだ今ほど一般的な仕組みではありませんでした。
そのため、世間からは、
「詐欺師だ」
「怪しいことをやっている」
と、かなり叩かれていました。
しかし、その後、クラウドファンディングは少しずつ世の中に浸透し、今では作品制作や企業のプロジェクトにも使われています。
あれだけ否定されていたものが、数年後には当たり前になる。
そして、結果が出ると、今度は手のひらを返して評価する人が出てくる。
世間って、本当にそういうものなんですよ。
失敗すれば叩く。
うまくいけば拍手する。
だから、まだ結果が出ていない段階で、外野の声をすべて信じる必要はありません。
周りの人はアドバイスをしても、その結果に責任を取ってくれません。
気持ちよくオ●ニーみたいなアドバイスをした後で、うまくいかなければ、
「別に強制はしてないよ?お前が勝手にやっただけだろ?てかそんなこと言ったっけ?」
と言うだけです。
そんなものなんですよ。笑
最後に信じられるのは、自分の気持ちと、自分で考えたことです。
●恋愛でも、常識だけで考えると視野が狭くなる
僕のブログのテーマを絡めて話すなら、常識だけで行動していると、恋愛活動でも視野が狭くなります。
「告白してから付き合うものだ」
「付き合う前に、性交渉をしてはいけない」
「結婚したら、こうあるべきだ」
人はそうやって、世間の物差しだけで考えてしまいます。
ただ、実際の人間関係は、世間が言うほど単純ではありません。
オープンマリッジ的な関係もあれば、事実婚や別居婚、同性パートナーとの関係など、お互いが納得した上で、一般的ではない関係性を選んでいる人もいます。
否定されるから、周囲に言っていないだけの人もいるでしょう。
僕も、ナンパやマッチングアプリ、バーや社会人サークルを通じて、いろいろな価値観を持つ人に会ってきました。
そういう人たちを見ていると、
「こういう生き方もあるんだな」
と思えるようになります。
自分と違うからといって、すぐに否定しない。
相手の過去や価値観を聞いた上で、
「そうなんだ」
と、まずは受け止める。
そういう柔らかさや寛容さがある人は、友人としても恋人としても付き合いやすいんですよね。
●常識を信じすぎると、人のことまで裁いてしまう
常識を信じすぎると、自分の行動を制限するだけではありません。
他人のことまで、常識でジャッジするようになります。
「大企業を辞めるなんてアホやん」
「会社を辞めたい? バカなの?」
僕の親や地元の人、昔の友達のように、開口一番で否定してしまう。
でも本当は、
「そうなんだ。どうして辞めたいの?」
「次は何をやりたいの?」
と聞けばいいんですよ。
その人が決めたことに対して、他人が一方的に肯定や否定をする必要はありません。
失敗しても、その人の責任です。
責任を取るつもりがないのに、自分の常識だけを押し付けるのは違うと思います。
●自分の意見がないと、恋愛でも魅力が伝わりにくい
常識に流されていると、
「誰かが言っていたから、これはダメ」
「みんながやっているから、これが正しい」
という判断ばかりになります。
そうすると、自分の意見や価値観が、相手に見えなくなってしまいます。
恋愛でも、自分の意見を持たず、周りに合わせることしかできない人は、魅力が伝わりにくいんですよ。
なんとなく流されて生きていて、付き合った後も優柔不断。
女性は、その人が自分の意見を持っているかどうかを見ています。
見た目が特別整っていなくてもモテる人は、ちゃんと自分の価値観を持っています。
「俺はこう思う。でも、君の意見も尊重する」
そういうスタンスの人のほうが、一緒にいて楽しいんですよね。
自分軸とは、相手の意見を否定することではありません。
自分の考えを持ちながら、相手の考えも尊重できることです。
●自分軸ができると、付き合う人も変わる
僕も昔は、自分を否定してくる人ばかりとつるんでいました。
自分が弱く、自分軸がなかったから、強そうな人に絡め取られて生きていたんです。
でも、
「自分はこう思う」
という意見を持てるようになってから、だいぶ生きやすくなりました。
その意見が合っているか、間違っているかは、最初から分かりません。
一度仮説を立てて、自分で行動し、結果を見て修正すればいいんです。
自分軸ができると、世間一般の常識だけで物を語る人とは、自然と距離を置くようになります。
すると、自分と同じように、自分の考えを持つ人が周りに増えていきます。
逆に自分軸がないと、
「これが常識だよ」
「これが正解だよ」
と言い切る人に利用されやすくなります。
「親が言ったから婚活する」
「会社の人が言ったから辞めない」
そうやって、自分で考えずに選び続けると、自分の人生なのに、自分の意思がどんどん薄くなっていくんです。
●環境を変えると、自分の軸も変わっていく
人生を大きく変えたいなら、環境を変えることも大事です。
今の会社がブラックなら、年齢に囚われず、辞めることも選択肢の一つです。
もちろん、今すぐ辞めろという話ではありません。
ただ、
「ほかに選択肢はないか」
と、考え続けることが大切です。
僕が転職したのは23歳の時です。
大学受験もまともにしていなかったため、
「もう俺の人生は終わりだな」
と諦めかけていました。
それでも、自分に今できることは何かを考えました。
ものづくり。
手先を動かす仕事。
これまでの経験に近い仕事を探し、その中で条件のいい企業を探し続けました。
いろいろな人に否定されても、探すことをやめませんでした。
その結果、今の会社に巡り会えたんです。
今の会社にも、常識を振りかざす人はいます。
でも自分の軸があると、
「あ、この人は自分の常識だけで話しているんだな」
と分かるようになります。
そうすると、その言葉にいちいち振り回されなくなるんですよ。
●生き方が決まると、働き方もお金の使い方も整う
自分の生き方が決まると、働き方も整っていきます。
「もっと稼がなければいけない」
「出世しなければいけない」
「転職しなければいけない」
そうした、誰かが作った常識に絡め取られなくなります。
自分はこの仕事が好きだから続ける。
こういう暮らしをしたいから、この働き方を選ぶ。
休日はこう過ごす。
こういう人と付き合う。
何にお金を使い、何には使わないのか。
自分の軸ができれば、仕事もお金も人間関係も、少しずつ整っていきます。
自分にフィットした生き方を見つけられれば、たとえ他人から不幸に見えたとしても、自分では納得できます。
そして、その納得感が自信になるんです。
●コミュ力の土台は、自信とマインドにある
僕はコミュ力向上キャンプで、コミュニケーション能力を高めるためには、会話テクニックだけではなく、自信やマインドも必要だと話しています。
自信やマインドは、その一番下にある土台です。

ここが整っていないと、人生そのものが生きづらくなります。
自分と違う価値観を受け入れられず、人のことまで否定してしまうからです。
だから、知識や教養だけではなく、経験も必要なんですよ。
自分で行動する。
失敗する。
いろいろな人と出会う。
いろいろなものを食べる。
いろいろな場所へ行く。
そうやって、自分の中にある常識を少しずつ壊していく。
自分の常識を壊してきた人ほど、ほかの人の価値観も尊重できるようになります。
●常識を疑い、行動することで人生は変わる
僕は今、本当に幸せです。
いろいろなことを言ってくる人はいます。
でも、無視しています。
その人たちが信じている常識も、数年後には変わっているかもしれないからです。
僕には、僕なりの常識があります。
自分の信念に従って、生きられるようになりました。
その始まりは、地元を出ることや、誰にも言わずに転職活動を始めることなど、小さな行動でした。
それを愚直に続けて、今ようやく人生を楽しめるようになりました。
こうしてブログも書けるようになりました。
だから、今の生き方が苦しいなら、自分が信じている常識を疑ってみてください。
一歩でもいい。
0.5歩でもいいです。
いつも会社から帰る道を、少しだけ変えてみる。
新しい趣味を始めてみる。
今まで行かなかった店に入ってみる。
そんな些細な行動でも、自分の中の世界は変わっていきます。
そこで出会った人から、違う生き方を知るかもしれません。
仕事を変えるきっかけや、新しいことへ挑戦するきっかけが生まれるかもしれません。
●誰にも言わずに、一人で始めてもいい
僕はまだ、30年ぽっちしか生きていません。
でも、行動力だけのポケモンみたいになったことで、人生が変わりました。
すべてを変えるのは、結局行動です。
常識を疑う。
そして、自分で試してみる。
その時、誰にも言わずに始めるのも大事です。
誰かに言えば、否定されることがあるからです。
スノーボードをやりたいなら、誰にも言わずに始めればいい。
まずは一人でやってみる。
僕もナンパは一人で始めました。
転職活動も、会社の人には相談せずに進めました。
誰が何と言おうと、自分の中の常識を少しずつ変えていく。
皆さんも、まずは小さな一歩から、自分の中の常識を変えてみてください。
僕は「コミュ力向上キャンプ」で、会話テクニックだけではなく、自信のつけ方や、自分の人生を少し生きやすくするための考え方も発信しています。
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皆さんが、自分の納得できる人生を選べることを願っています。
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